治療家として真我を極める

私は常に身も心も軽やかです。
何モノにも捉われず、自由に人生を楽しんでおります。
普通の人間ですから、たまにトラブルに遭遇したり具合が悪くなったりもします。
そういう時はその時の感情や感覚を味わいながら観察して楽しんでおります。
不安になることはありません。
必ず何とかなることを知っているので。
ケ・セラ・セラですね(笑)

先日、ある覚醒者の話を聞いて参りました。
「私(自我、エゴ)は錯覚で、現実は幻想の世界である。
真実は自分の体の前ではなく後ろにあり、松果体がその扉になっている。」
ですから、言葉一つにも違いが出るようです。
自分勝手に前のめりに話す人と真実を響かせ言葉にする人。
そういえば、最近ボイス・トレーニングを受けた時に「後ろ、背中」を意識するように言われました。
物理的な要因で響きが変わるのは勿論だと思いますが、おそらくエネルギーとしても違うものになるのでしょうね。

そして「真実の世界では人間性が最も大切になる」そうです。
「エゴが無くなった人間は資源として天から使われるようになる」そうなので、もっともな話です。
人間性はさておき、色々な事が自動的に起こるようになるのは確かです。
偶然の積み重ねのような笑ってしまう出来事がもの凄いタイミングで起こります。
それは日常的な小さなものから生活が一変するような大きなものまで様々です。
最近、私の周りでその大きな動きが始まっているような気がします。

世の中不安定な要素が多々あります。
個人的にも落ち着かない状態があるかもしれません。
そんな中、「後ろがす~っと通っていて真実の火が灯っている状態」であれば何にも左右されず安定したセンタリング、グラウンディングが可能となるそうです。

私は「ほとんど我が無くて後ろの火が消えない」と言われました。
そうなのかもしれません。
理想的な状態だと言われても、ニッコリ笑って「あ、そう?」と思っただけです。
なってしまえばそれが当たり前で特別なことではありませんから。
覚醒状態が進むにつれて能力もアップしているようですが、それらは使われるためのものなので「自分は凄い」等とは思いません。
でも、自分は凄い!と思う人を否定する訳ではありません。
それはそれで素晴らしいと思います。
単に「自分」という個が無い事(真我)を頭ではなく本当に知っているかどうかの違いだと思います。

こうして自分の状態を再確認させていただきました。
治療家としては望ましい状態なのでしょう。
これからも我に執着せずに真我を極めて参ります。
そして天賦のパワー、培われた能力を有効にアウトプットして行きたいところです。
足りないところは周りにフォローして貰うことになると思いますが(笑)、皆さまどうぞ宜しくお願い致します!

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by miyabina10 | 2015-11-14 16:14 | Comments(0)